第八話

高耶さんのことは担任に持つ前から知っていた。


生徒指導部長注意や謹慎をいくつも貰う生徒。しかも内容はもっぱら他校生や上級生との喧嘩。正直、今時そんな絵にかいた様な問題児がいるのかと疑った。
でも実際の彼は随分イメージと違って驚いたものだ。

最初の印象は、やけに大人びた生徒。でも一緒に過ごす内、甘え方を知らない子供なんだとわかった。
ぶっきらぼうな言葉にたまに見せる不器用な笑顔。それが酷くいとおしくて。


「仰木はしっかりと自分を持った子です。どうか近くで支えてやってください」

始業式の日、彼の家の事情と共にそう告げた学年主任。

ずっと考えている。

無意識に人と一線を引くあの人に、自分は何ができるのかを。


子供らしい素直さで慕ってくれて、それに甘えてるのは自分の方で。家族なんてたいそうなものにはなってやれない。
でも今離れて生きていけないのは、きっと俺だ。





職員室へ戻ると、ちょうど三年の授業を終えた鮎川と鉢合わせた。

「あ。なぁ今日の来るだろ?」
「……まだわからない」

ドカッと教材をデスクに置く。今日の、とは会議のあと恒例の飲み会のことだ。
グダグダと愚痴をこぼし合う飲み会には、家にくる彼のこともあり足が遠のいていた。

「そう言って前回も前々回も不参加だったろ。お前来ないと女子職員の参加率下がんだかんな」
「悪いな。忙しくて」
「最近付き合い悪いぞ」

鮎川が不満げに文句を垂れていると、二人の正面、反対側デスクの女性教員が書類の山から顔を覗かせた。

「仕方ないですよー。直江先生ラブラブなんですもんね」
「…ラブラブ?」
「あっ、死語でした?」

栗色の長い髪を揺らしながら笑う。

「女生徒達が嘆いてましたよ。先生に最近恋人ができたらしいと」

思わぬ不意打ちに、動揺を隠せず固まってしまった。

「え、いや誰にもそんなこと…」
「ほら、直江先生の噂って広まるの速いから」

恐ろしいことをサラリと言われ、思わず背筋を正す。
恋人って…やっぱり彼なんだろうか。というかいつの間に広まったんだ。

「あぁ。お前そういえばいたんだっけな、弁当作ってくれる彼女」
「あら!いいですね〜。今日も彼女さん、ご飯作って待っててくれるんですか?」
「あー、まぁ…はは」
「男は胃袋掴まれんのに弱いからな〜」

歯切れの悪さを照れと解釈したのか、鮎川が背中をバシバシと叩く。

「んで彼女どんなん?かわいい?」

どこか従兄妹を彷彿とさせるテンションに辟易としつつ、頭が勝手に質問の応えを巡らす。

ーーかわいい?確かに羞恥に真っ赤になって怒る姿は大変かわいらしい。でもどちらかと言うと…。

「……勝気な美人」

口からボソリも漏れた言葉に二人が顔を見合わせた。
間違ってはいないだろう。ただし性別はスルーするとして、だが。

「…ベタ惚れかよ」

「はー」やら「ふーん」などの声を無視して、次に使う教材を次々とデスクの上に積み上げた。

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