高耶さんのことは担任に持つ前から知っていた。 生徒指導部長注意や謹慎をいくつも貰う生徒。しかも内容はもっぱら他校生や上級生との喧嘩。正直、今時そんな絵にかいた様な問題児がいるのかと疑った。 でも実際の彼は随分イメージと違って驚いたものだ。 最初の印象は、やけに大人びた生徒。でも一緒に過ごす内、甘え方を知らない子供なんだとわかった。 ぶっきらぼうな言葉にたまに見せる不器用な笑顔。それが酷くいとおしくて。 「仰木はしっかりと自分を持った子です。どうか近くで支えてやってください」 始業式の日、彼の家の事情と共にそう告げた学年主任。 ずっと考えている。 無意識に人と一線を引くあの人に、自分は何ができるのかを。 子供らしい素直さで慕ってくれて、それに甘えてるのは自分の方で。家族なんてたいそうなものにはなってやれない。 でも今離れて生きていけないのは、きっと俺だ。 職員室へ戻ると、ちょうど三年の授業を終えた鮎川と鉢合わせた。 「あ。なぁ今日の来るだろ?」 「……まだわからない」 ドカッと教材をデスクに置く。今日の、とは会議のあと恒例の飲み会のことだ。 グダグダと愚痴をこぼし合う飲み会には、家にくる彼のこともあり足が遠のいていた。 「そう言って前回も前々回も不参加だったろ。お前来ないと女子職員の参加率下がんだかんな」 「悪いな。忙しくて」 「最近付き合い悪いぞ」 鮎川が不満げに文句を垂れていると、二人の正面、反対側デスクの女性教員が書類の山から顔を覗かせた。 「仕方ないですよー。直江先生ラブラブなんですもんね」 「…ラブラブ?」 「あっ、死語でした?」 栗色の長い髪を揺らしながら笑う。 「女生徒達が嘆いてましたよ。先生に最近恋人ができたらしいと」 思わぬ不意打ちに、動揺を隠せず固まってしまった。 「え、いや誰にもそんなこと…」 「ほら、直江先生の噂って広まるの速いから」 恐ろしいことをサラリと言われ、思わず背筋を正す。 恋人って…やっぱり彼なんだろうか。というかいつの間に広まったんだ。 「あぁ。お前そういえばいたんだっけな、弁当作ってくれる彼女」 「あら!いいですね〜。今日も彼女さん、ご飯作って待っててくれるんですか?」 「あー、まぁ…はは」 「男は胃袋掴まれんのに弱いからな〜」 歯切れの悪さを照れと解釈したのか、鮎川が背中をバシバシと叩く。 「んで彼女どんなん?かわいい?」 どこか従兄妹を彷彿とさせるテンションに辟易としつつ、頭が勝手に質問の応えを巡らす。 ーーかわいい?確かに羞恥に真っ赤になって怒る姿は大変かわいらしい。でもどちらかと言うと…。 「……勝気な美人」 口からボソリも漏れた言葉に二人が顔を見合わせた。 間違ってはいないだろう。ただし性別はスルーするとして、だが。 「…ベタ惚れかよ」 「はー」やら「ふーん」などの声を無視して、次に使う教材を次々とデスクの上に積み上げた。 next |